高知居酒屋高知本舗/分煙実施の居酒屋

高知本舗の「おもい」


 
【帯屋町・はりまや町の思い出】

40年近く昔。高知市内に夏休み等の長い休みになると
母親にねだって帯屋町やはりまや町に車で数時間か
バスに揺られてやって来ました。

その頃の街は人でごった返し
子供心にウキウキしたものです。高知大丸の屋上には
遊技場があり動く乗り物やコインゲームがあり
その横にはソフトクリームや焼きそばなどを食べられる軽食コーナー。
夢中でした。帯屋町を歩くと大好きなレコード店や服屋さんが並び
多くの子供たちや大人たちで活気あふれる光景でした。

そうしたイメージが鮮明に残っておりますが
大阪に出て5年、10年経過する頃に帰省をしてみると
人の数が減り活気を失いつつ感じていました。

自分に何が出来るというわけでもなく時代の流れだと人に聞かされ
大阪での活気ある生活との落差に寂しさも感じていました。
大阪ではアルバイト、社員と多く経験しましたが
接客・IT・現場等の他に飲食関係にも接していましたが
大阪での絶対的な活気との落差は肌で感じていたのです。
人口の差というよりももっと違う何か。
しかしながらここ数年で帯屋町周辺は確実に活気が出てきたと感じます
人が戻り始めたと感じています。昼と夜と両方です。
これはやはり高知という土地文化を理解している地元の方々の
努力による部分も多いと聞きます。
高知には酒文化があります。おきゃく文化があります。
時代の流れで返杯やタバコ等歓迎されない風潮も聞かれますが
高知の人懐っこく面倒見の良い文化は素晴らしいものだと
子供のころから感じています。

高知本舗はそうした子供のころからの高知という存在の中で
電車通り・はりまや町・帯屋町という記憶の中で選んだ場所であり
あの頃の活気が戻ればいいな、観光客の方に高知の良さが伝わればいいな、
無理をしてどうこうではなく自然と高知らしいサービスができればいいな
という至極私にとって自然体での営業を心掛けています。

私の育った環境は子供の頃から周りには、マグロやカツオの
漁師、機関士、遠洋漁業など親類にも身近にいました。
港が近くいつでも魚が水揚げされて来ますし
親類や知り合いから常に新鮮な美味しい魚が。
自分でも魚(ジギング・鮎・磯他)を取っていたので
美味しい魚は自然と身体に沁みついていました。
魚だけでなく民宿を営んでいた親類もおり自然と子供の頃から
ベースが出来上がっていたのかもしれません。
西宮、岸和田、大阪では高知にはない食材や店舗サービスも学び、
美味しいものだけを出すだけが正解ではないというのを
私が尊敬する社長に学びました。また経営者や料理人のエゴだけでもいけない。
言えるのは全ての仕事はプロとしてその仕事に徹する事。
サービス業とは....など徹底的に社長には叩き込まれました。
当時は反発ばかりしていましたが今となっては本当に感謝しています。

ビジョンなどを持っていても現実は違うという事をよく言われますが
やはりビジョンをもって苦難であろう現実を乗り越えながら。だと思います。
これから高知中心部の何か貢献に繋がれば嬉しく思います。微力ながら。
勿論お客様が来られて、店を出るときに満足度が出来るだけ高いお店に。
未熟な部分も多々あると思いますが少しずつ成長していきたいと思います。